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ソラニン レビューというか考察

いにお
単行本が累計60万部突破した浅野いにおの同名原作を映像化した青春恋愛ストーリー。「ソラニン」という名の詩をモチーフとした切ない恋物語を軸に、リアルな若者の心情をビビッドに描き出す。会社を辞め彼と暮らす元OL・芽衣子を宮崎あおいが演じ、芽衣子の彼で音楽の夢をあきらめられないフリーター・種田を『蛇にピアス』の高良健吾が好演。宮崎自らギターを弾いて歌うライブシーンが感動のクライマックスを盛り上げる。(Yahoo映画より)

新宿ピカデリーで怖いお兄さんに囲まれてみました。なんの罰ゲームだよ・・・マジで・・・

マンガでは、登場人物が知らず知らずのうちにキャラを演じているようにみえてくるように繊細な描かれ方をしていたのだが、それを直接セリフだけ取ってきて放り込んだような、まんまキャラを演じるような映画化だったので、登場人物が“演じている”感じしか無かった。しかも長回しがことごとく演技のヘタさを強調する。だから、宮崎あおいがいくら可愛くてもブリッコにしか見えない・・・・。まして上の「好演」した役者は・・・

映画自体は、もう前半から糞のようにつまらなかったのだが、そのつまらなさについて考えているうちに、逆にこのつまらなさはわざとなんじゃないかと思い、その仮説でちょっと考えてみた。

(以下ネタバレあり)


もはやリア充すら、終わらない、退屈なセカイを生きるだけで不安に押しつぶされるという現状を見事な感覚で描いた浅野いにお原作のマンガの映画化。

しかし、映画は凡作であった。

ただ、この映画を「つまらない」ということで非難しても意味はない。それは、退屈な日常を「退屈だ」と指摘することと同意だからた。説明しよう。
この映画は漫画だからこそ許される表現をなにも考えず大根役者がただ再現することによりつまらない世界を作り出し、退屈な日常を再現している。耐えられない程退屈な映画は、そのまま、耐えられないほど退屈なセカイを表現している。恐らくわざと。そうでなければ下手な役者を長回しで撮るなんていう愚行は行わないはずだ。役者のセリフは全てクサイが、それを自己言及することでメタな視点を強調する。
この映画の非常にゼロ~テン年代的な点は、「終わりなき日常」をただ生きなければならないという90年代に普遍化した絶望を越えても、「終わりなき日常を生きること」で大きな不安が生まれてくるということに焦点を当てたことにある。不安は、大学生から社会人のはじめという主人公達の境遇で増幅され、主人公達は自分の選択に対して、「本当にこれでいいのか」と何度も自分自身に問いかける。さらに、自分だけではなく、恋人、友人の選択に対しても「君は本当にその選択でいいの?」と問いかけてしまう。
ヒロインの彼氏はその終わりなき日常と戦い、抜け出すためにもがき、結局は退屈と、その退屈から生まれる大きな不安と共に、大切な女の子(ヒロイン)と生きることを決意する(これはセカイ系に通じる)。だが、彼は自分の下した結論に対して本当にそれでいいのかと悩み、涙をこぼす。そう、どうしても彼は終わりなき日常を生きることができない!セカイ系すら終わりなき日常を救うことはできないのだ。
彼は赤信号を渡って、交通事故で死ぬ。だが、死ぬ時の表情は満足気だ。彼は退屈を越えて死を選んだ。しかし死で退屈な日常にバイバイするということは、鶴見済が「完全自殺マニュアル」の冒頭で述べたように90年代的で真新しい主張ではない。
しかも退屈な日常をどう生きるか、という90年代の遺産である命題に対し、ヒロインが最終的にとった「仲間と作った中間共同体のなかで、日々を生きる」、というその結論はもはや何回も繰り返されたものであり(宮藤官九郎などが有名だし、セカイ系否定→中間共同体という流れは宇野常寛の主張そのものだ)、いささか平凡すぎる。
終わりなき日常を生きることが出来るやつとできないやつという2つの人間を描いておきながら、できないやつは死ぬしかないという結論は救いがないし、できるやつの方法もありきたりだ。

結論を言おう。テーマの焦点は良かった。描き方も悪くない。ただ、その凡庸で無難でゆるすぎる主張が、この映画を平凡たらしめているのだ。


*ただ、マンガが出た05~06年はまさに「中間共同体」の全盛期であり、マンガはその一派と言えるだろう。その意味で、マンガに罪はない。遅すぎた映画化により、主張が時代遅れになってしまったのだ。
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